主文、テミスの不確かな法廷をみた。
以下、散文。
松山ケンイチの出演作を観たのは2つ目、前はデスノート。この人いつも同じような感じだなあ(どうやらレアケース)。
弁護士の鳴海唯、かわいい。
遠藤憲一の主役回、かっこいい。
カメラをとめるな!に出てた人をそれ以外で見たの初めてだ(ナオミ・キャンベル除き)。
怯えて死んだ役の清水くるみ、地味系で可愛いと思って検索したら派手派手しくて。
検察の山崎、雰囲気が知り合いにそっくりで、こういう人いるいる、と。
市川実日子、存在感とてつもねえ。
きゃりーぱみゅぱみゅの!?
和久井映見、おばさんになったなあ…。
田辺誠一、おじさんになったなあ…。
松山ケンイチ、最終回の、凄いな。
前橋一家殺人事件の被害者、不動産トラブルを抱えてたの、メタ的には再審のためにその背景を残さなければならないのは理解るけど事件当時にスルーしてたってのはモヤる。
奥さん殺されたっていうのに霞んだとはいえ、不動産なんて殺人動機として大きすぎない?
これを調べてないの、昔の審理を急いでた理由とかあったんだっけ?
あとで見直してみよう。
遠藤憲一が、夜に小学生に声をかけるの、気が気でない。そんなことどうでもいいと分かっちゃいるのに。
カミングアウトのあとの談話に検察?の女の人が同席してたのなぜ?
目が前についてるのは前を見るためなんだね。
華麗なるLieッス
NHK見てたら、とある[特定の料理品]のお店を紹介する番組(の宣伝)。
そのお店に居合わせた女性客へのインタビュー。
「(私は)外食で[特定の料理品]は食べないのですがこの店だけは美味しくて…」
?
どうして他の店で食わないのにその店が特別だと?
なんというか、女性の脇が甘いのか、制作の詰めが甘いのか、世間はもっと辛口のような、余計なスパイスもとい心配でひとりクミン、いや苦悶。
Lock and load
映画を観る時はできるだけ先入観を持たないよう、ほとんど何も調べない。
「面白そう」とか興味をそそられたタイトルだけメモっておいて、なぜ面白そうと思ったか忘れた頃に観る。
監督も役者も知らんし、できればジャンルもわからなくていい。とはいえジャンルはなんとなく印象に残ってたりする。
「ELVIS」を観た。
さすがにタイトルだけでプレスリー物なことは分かる。それは仕方ない。
プレスリー好きだけど、曲を聴いてるってだけで本人についてはほとんど知らなくて、そんなときに伝記的な映画が作られたって聞いて観たいなと思ってた。
トム・ハンクスが出てるなんて知らなかった。
なんで映画に予備知識を求めなくなったか、昔は予告編を観るのが好きだったのにな。
2000年代から予告編がやたらと映画全体の物語を流してたからだ。
それ以前からもあったと思うけど、特に印象に残ってるのがやはりトム・ハンクスの「ダ・ヴィンチ・コード」だ。いやトム・ハンクスが悪いわけではない。トム・ハンクスは好きだ。
予告編でマッケランが黒幕っぽい感じにまとめられてて、概ねその通りだったのが嫌だったんだ。
その頃くらいから予告編を観ることがあまりなくなった。
劇場では本編始まるまでは寝てるか瞑想してる。とりあえず目は閉じる。
家では本編を一度以上観たことのある好きな作品のものをダイジェスト的に観るくらいしかしてない、と思う。
たとえば特に好きなのがディカプリオのギャツビー。
映画本編もとても好きだけど、トレイラーもバズ・ラーマンの派手派手しさを余すことなくまとめていて好みだ。
そしてELVISに戻る。
始まってすぐオープニングのホテルのシーンがロミオ+ジュリエットそのままで「あ、これバズ・ラーマンだったのか」、と分かってしまったとき、スノッブに浸れてなんだか気持ちいい。予備知識なんてなくても俺には分かるよ、と。
ロミオ、ムーラン・ルージュ、ギャツビーと開拓してきた、風船飛ばしたり花火あげたりバルコニーや吹き抜け使って立体的にしたり真上から撮ったり(すると紙吹雪の散乱した派手な床等が画面隅にまでに写せる)といったどうやったら画面全体を派手にできるかのバズ・ラーマンのこだわりが控えられたのはちょっとさみしいけれど。
監獄ロック的な、ミュージカルのシカゴに引き継がれたみたいな多層の牢屋でダンサーが踊るのはバズ・ラーマンと相性良いな。
こんなの。なんていうんだろう。

一針上の都合により
フリマアプリ眺めると、レギュレーター腕時計が「短針欠損」としてジャンク扱いされとる。
ベルトもないから知ってたとしてもジャンク扱いっぽいけど、時計専門ショップだぞ?
古い辞典と過去の時点
NHKラジオで国語辞典サーフィンを聞いてしまい啓発されて辞典が欲しいなと思っていた。
久しぶりにブックオフに寄ったら、箱はボロボロだけど中身は綺麗、というかスリップ等がそのままだったので未使用同然の三省堂国語辞典第七版、220円を見つけたので確保。
これだけの言葉の中から「準備と用意の違い」のようなテーマを見出すサンキュータツオさんが改めて凄いなと思う。
古本(新古品)とはいえ辞書を買ったのは人生で初めてか。
中学に入学した時に買ってもらった英語辞書はそれなりに使った。
多分その数ヶ月後くらいに親父からもらった?家に転がってた?古いポケット英語辞書が通学には便利でより愛用した。
さらに古めの親父からもらった和英辞書は本当に擦りきれるまで使った。
同時に、小学生の頃に刊行されたのを親父が買って家族用にしていた講談社の日本語大辞典はほぼ専有してその後10年くらいずっと愛してた。どうしたろう、一人暮らしに持っていったような気もするけど、処分してしまったかなあ。惜しいなあ。本当によく読んだ。
辞書を持つのはそれ以来かなあ。
箱は店を出て車に乗ったら即捨てた。
同時に透明カバーも剥き出しだった背側が汚らしく感じて剥ぎ取った。
まあまだ車内に転がってはいるけれど。
11年前のものとは思えないほど綺麗なコイツでとりあえず一冊、現物の辞書を引く感覚を楽しもう。
軟水と硬水を引いたら「せっけんがよくとける、とけにくい」とあった。
そこ重要なんだね。
なお、アーレンキーは見当たらない。
水曜日のダウンタウンをテレビで録画して観てる。
そこで流れてるアコムのCMを見るたびに気になる。

自転車の整備?洗車?してるとこにあまり自転車には使わない工具が転がってる。
いわゆるイメージ画像なんだけどさ。
